映画「道」
今更ですが、一昨日やっとケーブルで観ました。1956年にアカデミー外国語映画賞を受賞した有名なフェデリコ・フェリーニ監督作品映画です。
良い映画なのですが、観終わってみると悲しく後味の悪い物語だということがよくわかります。
アンソニー・クインがザンパノという粗暴な旅芸人の大男を演じています。その雰囲気が黒沢映画の三舟敏郎を思い出させます。黒沢明監督がこの物語を日本映画版にしても、あのメロディー以外は同じような出来なのではないかと思えました。
ジュリエッタ・マシーナが演じるジェルソミーナはとても少女とは言い難いおばさん顔です。でも、演技の上手さや表情の変化を観ていくうちに味が出てきます。この小柄で愛嬌のある顔立ちのジュリエッタ・マシーナ、映画を観た後に知りましたが、フェデリコ・フェリーニ監督の奥さんだそうです。日本で言えば、亡き伊丹十三監督の奥さんであり演技派の宮本 信子さんのような感じがしました。
観終わった後、理解できないところもあり。いろんな方の映画レビューを読みました。感心してしまうものが多く、私の感想など及ばないと思いました。それでも、私なりに思う事を書こうと思います。
戦後の荒れたイタリア。ノー天気なラテン系が経済復興をするにはまだまだ遠く。
タイトルの「道」は単なるロードムービーの意味合いより誰かの役に立つ、誰かの支えになるであろう深い意味が込められてると感じました。
優しさが足りないじゃないのか?
その優しさとは表現として表れる優しさであって、それが出てないように見えたとしても本当に優しくないというわけではありません。その人の度量にもよりますが、人というのはそんな表面上の理解や優しい仕草や言葉がそれでも欲しいものなのだと思います。ところが、ザンパノという旅芸人は生きる為に必要なこと以外の余計な気遣いはしません。それで良しと思っています。
人は時に傍にある幸せに対して、その有難みを忘れ突き放します。失った時にはもう遅いのです。
とはいえ、ザンパノを擁護します。ザンパノは自ら突き放したのではありません。結果的に殺人という事をしてしまった為に互いにどうしようもない別れとなってしまうわけなのだから。
「道」 ジェルソミーナ--Harmonica - YouTube
ジェルソミーナはイタリア語でジャスミンの意。花の名前、純粋さの象徴
悲しく聴こえる曲です。